わかさかおりのプロフィール


・クリアサイト認定上級クレアボヤント
(アセンデッド・インターン)

・クリアサイト認定上級ヒーラー
(エナジェティック・メディソン・アドバンスコース)

・クラニオ・セイクラル・バイオダイナミクス 
ファウンデーションコース ベーシック2終了






デジャブという名前をつけていますが、幼児のころからデジャブが見える訳ではありませんでした。感覚はありました。

幼稚園の時、ターミナル駅の広場に小さい正方形のすり減った石が円を描くように配置されているのを見て、嬉しくなった記憶です。
日本の舗道の石の敷き方とは違って、ヨーロッパタイプのものでした。
「こういう石畳って好きー、っていうか知ってるなあ」と初めて見る石畳に懐かしさを感じたのです。
その時この感覚が日常の感覚と違うことに気がついていたように思います。
長じて、友人の趣味に便乗して行ったイタリアの街路は、とても懐かしい場所でした。

まだ電卓がない時代に小学生だった時の事。
そろばんと計算問題が苦手でした。
再現なく計算する意義が自分の中で見出せなかったし、つまらなかったのです。
今に機械がやってくれるようになるのだから、計算問題なんてできなくても大丈夫よ、と負け惜しみみたいな直感がありました。

大学を卒業する頃に電卓がポピュラーになりはじめる。
未だに計算は遅いままです。

中学、高校、大学までは海外での暮らしにすごく憧れていました。
その時は、自分では単に外国好きの外国かぶれなのか?と思っていました。
透視の訓練のために過去生の画像を処理する方法を知った後は、海外旅行熱も、もうそれほどありません。

過去生での感覚が今生の感覚に入り混じっていたのではないか、と思います。
旅行の楽しみは今でも同じですが。

誰にも打ち明けることはありませんでしたが20代前半までは、本当は日本に馴染めない、学校生活に馴染めない、団体生活に馴染めない、現実が今一楽しくない、とないない尽くしの変な孤独感を味わっていました。
どういう訳だか異邦人としての感覚がありました。
今は、グラウンディングができていないくて、そういう感覚に陥ったのが分かります。

日常生活はごく普通に送っていましたが、そういう自分の内側の感覚と現実との二重生活をある意味送っていました。

透視的な視点から自分の日常を捉える以前は、今考えると、割りに無目的に、感覚に頼り、趣味的に生きていました。

本格的に透視を学ぼうと思ったのは、野良猫の里親になるために知り合った人を通してでした。
野良猫の保護活動をしていたその人と、精神世界の話で意気投合して、その人が透視について学ぶことを熱心に勧めてくれました。

世界屈指の透視能力者(クレアボヤント)レバナ・シェル・ブドラ氏の教える透視スクールに通い始めたのは、1998年。
今から10年前になります。
その後は砂漠の砂が水を吸い込むように、もっと透視能力を深く磨きたくなり、エナジェティック・メディソン(ヒーリング)、とそのアドバンスコースを卒業しました。
今考えるとレバナ先生の教える、クリアサイトに最初から通うことができて、本当に良かったと思います。
シンプルで明快なスキルでもって、透視とヒーリングをするやり方がとても気に入っています。


     - シンプルなものほど、パワフルだからです。


私は卒業してからも透視のインターンコースに通っています。
インターンの中でも最古参になっているかもしれません。笑。
なんだか、こう書くと自分をすごく年寄りっぽく感じますが、今生の自分はそういう風に学び、学んだことを生かすのがあっているようです。

自分の透視能力をシンプルなやり方で、できる限りブラッシュアップをし、自分自身をシフトさせたいのです。
そうすることによって、透視のスキルも向上します。
以前だったら見づらいエネルギーも、楽々リーディングできるような進歩を確認することに喜びを感じます。
これまでに、フラワーエッセンス、クリスタルヒーリング、タロットカード、アロマオイル、海外の高名なチャネラーのセミナーなどで興味の赴くままに、随分いろんなセミナーに出ました。
このような学びもとても興味深いものでした。
でも私にとって最も強力で、シンプルな成長のツールは、透視ヒーリングでした。
道具もいらないし、他のエネルギー存在の助けがなくても、役立つ深遠な知恵を導き出すことができ、自分も人も健康にできるのですから。



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